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最高裁判所第一小法廷 平成4年(あ)245号 決定

国籍

韓国

住居

愛知県豊橋市牛川薬師町七九番地の一

無職

朴斗鎬

一九三年一〇月八日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成四年一月二八日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山田高司の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文とおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

上告趣意書

被告人 朴斗鎬

右の者に対する平成四年あ第二四五号法人税法違反被告事件について、弁護人の上告の趣意は左記のとおりである。

右弁護人 山田高司

最高裁判所第一小法廷 御中

第一、原判決は次のとおりの事実の誤認があり、これは判決に影響を及ぼす重大な事実誤認と思われるから、刑訴法第四一一条第三号によって原判決を破棄されるよう求める。

一、原判決は「リース保証金をリース料に振り替えるよう指示していないとの被告人の弁解は関係証拠に照らしてにわかに信用することができない。なお、仮に弁解のとおりであるとしても、被告人は、結局、実際の売り上げや利益について把握したうえで、納税額を幾らにするかを最終的に決定し、それに合うように会計帳簿の違法な操作をすることを指示していたことは明らかであるが、右リース保証金に関する具体的な所得隠しの操作について指示をしなかったからといってこれが被告人の量刑に影響を及ぼすとはいえない」と判示している。

まず、被告人がリース保証金をリース料として振り替えることを指示しなかったことについては、被告人が「名宝リース」という会社の設立の目的を知らなかったことや、被告人がリース料、リース保証金の意味を知らないことから、被告人が振り替えの指示をすることは考えられず、また、この会計帳簿の操作が他の違法な操作と異質であることから、被告人が関与していなかったことは明白である。

次に原判決の判示する「被告人がリース保証金に関する具体的な所得隠しの操作に関する指示をしていなかったといっても、これが被告人の量刑に影響を及ぼすとはいえない」との点については次の通りの誤認がある。

名豊観光(株)がリース保証金をリース料と振り替え、税をほ脱したことについては第一審で確定しているので、被告人の控訴審では積極的に争わなかった。しかし、名豊観光(株)が名宝リース(株)に支払っているリース保証金は当初はリース保証金であったかもしれないが、リース期間中にリース物件が交換され、新しいスロットマシンのリース料しか支払われなくなった以降は実質的にはリース料であり、リース保証金との名目でリース料が支払われていたのである。従って、そもそも脱税にあたらないものを、名豊観光(株)は脱税と認め、法人税法違反被告事件の判決を確定させたのであった。

名宝リース(株)は昭和六一年九月一日、名宝グループ各社にスロットマシンをリースするために設立された。名宝リース(株)はスロットマシンを一台三八万円で購入し、その支払いは約束手形でなしていた。リース契約をする場合、リース料とは別個にリース保証金を支払うことはないが、名宝リース(株)が名宝グループの一社であり、名宝グループ各社からのリース料だけでは約束手形の決済ができないため、名豊観光(株)にリース料二万円のほかにリース保証金一万円を払っていた。名宝リース(株)は名宝グループ各社と三年のリース契約であったので、三年間リースすれば毎月二万円のリース料で採算が取れていたが、名豊観光(株)等は半年ないし一〇ケ月程度で新しいスロットマシンを新たにリースしていた。名宝リース(株)としては古いスロットマシンを他にリースすることもできず、また新たに購入したスロットマシンの購入代金を払わねばならないのに、名豊観光(株)等にリース中途解約の違約金の請求をせず、現実にリースされている台数分のスロットマシンのリース料二万円とリース保証金一万円の受領しかしていなかった。そのため昭和六三年五月頃、倉知憲司が名宝リース(株)の欠損金約六〇〇〇万円を、リース保証金をリース料にして欠損を補填しようと発案し、右処理がなされた。

右のような経緯でリース保証金がリース料と振り替えられたのであり、名宝リース(株)は名豊観光(株)に対してリース期間満了前にリースを中止したことにより違約金等を請求していないし、そもそもリース契約に毎月のリース保証金が支払われるのは通常のリース契約ではないのであるから右処理が名豊観光(株)の税のほ脱に該当するとの認定は誤りである。

名豊観光(株)の法人税法違反被告事件の判決が第一審で確定していても、名豊観光(株)のリース保証金をリース料と振り替えた処理が税のほ脱に該当することを争うことを被告人の関係で禁止することまでの効力はないものであるから、被告人がリース保証金をリース料と振り替えた点についてまで刑事責任を負う理由はない。原判決は右処理を税のほ脱に該当するとの前提のもとで被告人の量刑に影響を及ぼさないと判示したもので、その点で破棄は免れないものである。

二、次に原判決「本件脱税の動機が、結局、名豊観光、松栄観光にかかる法人税が多額であることが不満としてなされたことは関係証拠上明らかである。被告人は税理士の納税額に関する報告が遅く、申告時における会社名義の預金手当てが十分にできなかったことを脱税の弁解として述べるけれども、事業の拡大のため新会社の設立などに投資して会社利益を費消し、あるいは架空経費を計上して会社利益を手元に移して留保したにすぎないのであるから、右弁解が通るものではないことは明らかである」と判示する。

被告人は名豊観光(株)、松栄観光(株)の実質的オーナーとした脱税を指示したことの責任は認めるものであるが、被告人は両会社の役員でも株主でもない。被告人は両会社との関係では実質的支配権はあったが、単に名豊観光(株)の一従業員にすぎなかったものである。原判決は、毎月の売り上げ、経費、預金残高等からして、決算時にどのぐらいの納税額を納付しなければならないかを当然予想すべきであるとの認識のもとに右判決をしていると思われる。被告人は長男の藤野智洋らを通じて実質的支配権を有しているが、法的なレベルでの支配権は全く有していないものである。名豊観光(株)、松栄観光(株)の経理等につき法的な権限、義務が存在しない被告人に両社の預金等の管理等する義務ないし納税のための資金準備すべき責任があるはずがないものである。従って、被告人に実質的オーナーとしての脱税の責任を負うことについては認めるものであるが、会社名義の預金手当が十分にできていなかった故に脱税を被告人が指示したのは事実であり、その事実の主張が弁解にならないと認定するためには、被告人に何らかの責任、義務の存在を前提としなければならないのに、その前提がないのに、弁解が通るものではないと認定している原判決の認定は誤りである。

三、また原判決は「会社を設立した理由について、被告人の交際費を増やすためであると原審が認定したことも、被告人がこれを自認していたうえ、企業の数が増えればグループ全体で支出しうる交際費が増えることは明らかであり、それも一つの目的と認められるから、事実誤認といえない」と判示する。

企業の数が増えればグループ全体で支出しうる交際費が増えることは明らかであることは間違いない。しかし、右事実が明らかであるからといって被告人が会社を設立した理由が被告人の交際費を増やすためであると直ちに結び付くものではない。被告人は自らの交際費を増やすという金銭欲のためではなく、被告人の事業欲の表れとして「会社の設立・買収」をしたのであった(第二審被告人供述調書八丁ないし一〇丁)。右事業欲の表れとしての「会社の設立・買収」によって結果的にグループの交際費の枠が増加したのであった。また、名宝グループ各社は非課税になる交際費枠を全部使い切っていない(同調書九丁)。「会社の設立・買収」の点は、被告人が脱税を計画するに至った遠因にあたるものであり、その目的が被告人の交際費を増やすという個人的利益のためであったか、事業欲の表れであったかは情状に重大な影響を及ぼすものである。原判決は設立の目的の認定で事実誤認している。

四、原判決は「原判決挙示の関係証拠によれば、関係人の供述は被告人が両社の実質的経営者であり、その経理面については、両社の登記上の代表者である被告人の息子らに関与させなかったことで一致しているうえ、被告人もこれを認める供述をしていたのに、当審に至り全てを自分が処理していたわけでないと弁解するところ、確かに被告人の弁解の通り被告人の息子らも経理面において部分的な権限を振ったものと認める余地があることは明らかというべきであるが、重要事項についての最終決定権は被告人にあり、被告人がこれを行使していたことは明らかであり」と判示する。

被告人と被告人の息子らとの間では名豊観光、松栄観光の両社の重要事項の最終的な決定権が一応被告人にあることは間違いなく、また被告人の反対を押し切って被告人の息子らが代表者の権限を行使したこともないことも間違いない。しかし、被告人の知らない重要事項(例えば名宝グループの借入)につき、被告人の息子らが被告人に相談することなく決定していたのも事実であり、また、被告人の意に反して被告人の息子らが自らの判断で代表者の権限を行使できることも間違いないものである。原判決は被告人の息子らが「登記上」の代表者であると認定するが、被告人の息子らは「登記上」だけでなく、実質的にも名豊観光、松栄観光の代表者であった。ただ単に両社の重要事項につき、被告人に相談することが多く、自分の判断と被告人の判断が異なった場合でも、被告人の考えに従うことが多かったというだけである。被告人は被告人の息子らを父親という立場から自分の意向に従わせるだけであり、被告人の息子らが被告人の意向に従わなかった場合、被告人は自分の意向に強制的に息子らを従わせる法的手段は全くないのである。通常「登記上」だけの代表者といわれる場合、真の代表者は株式等で自分の意向に反対する代表者を交替させる手段が残されているのである。被告人の場合、名豊観光、松栄観光(株)の株主でもないためそのようなこともできず、被告人の「実質的オーナー」の地位は右のようなもろい基盤のうえでの「実質的オーナー」にすぎなかったものである。原判決は、事実上被告人が決定していた場合が多かったという事実をとらえて、被告人に最終決定権ありと認定しているが、右事実だけで決定権ありとの認定はできるものではなく、原判決の重要事項の最終決定権は被告人にあったとの認定は事実誤認である。

第二、仮りに第一の申立が通らないとしても、被告人を懲役一年八月に処するのは次に述べる通りの事情から量刑が甚だしく不当であるから、刑訴法四一一条第二号によって原判決が破棄されるように求める。

一、原判決は、「仮りに被告人の弁解どおりであるとしても、右罪証湮滅工作が被告人の意思に反して行われたものとは認めがたいものであり、被告人自身、右預り証を使って税務当局に虚偽の説明をしていることが明らかであり…右高橋康一の預り証の作成について具体的に関与していないからといって、それが量刑に影響を及ぼすとはいえない」と判示している。

被告人の息子の藤野智洋が知人の太田裕厚を介して高橋康一に預り証の作成を依頼し、被告人は息子の藤野智洋の指示するまま税務当局に虚偽の説明をしたのが真実である。被告人が自ら積極的に罪証湮滅工作をしたとの認定の場合に比べ、量刑上、被告人に有利に働くものである。犯罪を犯した被告人が自ら積極的に罪証湮滅した場合には、量刑上不利益になっても仕方ないが、被告人の息子が被告人の罪責を免れさせるため、ないし軽くするために作成を依頼したことにより作成された書類を利用して自らの弁明をすることは、誘惑に弱い人間であればよくあり得ることであり、被告人の息子の工作によって、被告人が、結局、罪証湮滅工作をすることになったとしても、被告人の罪責を加重すべきではない。藤野智洋は名豊観光の代表者であり、法人税法違反の被告人となってはいないが、名豊観光のため代表者である自分も起訴される可能性も残っていたため、自分のために、会社のために被告人を利用して罪証湮滅工作を行なったと評価できなくはない。

被告人が積極的に罪証湮滅工作を行なっていないことは間違いないものであり、その点は量刑に影響を及ぼすものである。

二、被告人は松栄観光の山下雄二に対する架空債権の貸倒れ損失を計上しているが、被告人自身の山下雄二に対する債権は残存しており、既に返済が終了している被告人の山下雄二の債権を松栄観光の貸倒れ損失とした場合に比べ被告人に量刑上有利に働くことは明らかである。被告人の山下雄二の貸倒れ損失は現実に発生しており、右貸倒れ損失金額も一億二〇〇〇万円であり、その年度の松栄観光の犯則金額の大半を占めるものであり、その点からも量刑上考慮されるべきである。

三、被告人はほ脱による利益を受けていない。被告人は、例えば架空債権の貸倒れ損失金の一億二〇〇〇万円については、結局、松栄観光等の手形を被告人が受けとることにより松栄観光の経理上処理され、また、架空修繕費についても、それ相当の手形が振り出され、被告人が保管していただけである。確かに被告人が当初保管していた貸倒れ損失金分、架空修繕費分等の約束手形は名宝グループの振出人により被告人から取引先に渡され、取引先が取立され決済されているが、その金額に相当する約束手形を被告人が取引先に自ら保管していた手形を渡す際、名豊観光等から振り出してもらい、再び被告人が保管し、被告人は自ら取り立てることはなかった。手形が決済され現金化され、その現金を被告人は預金等していたことはないので、被告人は税のほ脱により個人的には利益を受けていないものである。被告人が架空経費として振り出されている手形を自らないし第三者名義で決済し、その金額を自己の手元に残し、個人的目的のため費消ないし預金していれば被告人の罪責は重いといわざるを得ないが、被告人にはほ脱による個人的利得はないのである。

四、原判決は「当審における事実取調の結果によれば、被告人は原判決言渡後自己の行為を悔い、その証として平成三年七月と一一月に計一〇〇万円を更正保護会に、同年一一月法律扶助協会に一〇〇〇万円、社会福祉法人に一〇〇〇万円、同年一二月更に三〇〇〇万円右社会福祉法人に寄付し、その施設に慰問にでかけたりしたことが認められ、これに前記情状を併せて考慮して」懲役一年一〇月を懲役一年八月とした。

しかし、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき被告人の有利な情状は社会福祉法人等への寄付、慰問だけではなく、以下述べるとおりの刑の量定に影響を及ぼすべき有利な情状があるものである。この点の有利な情状を考慮することなく懲役一年八月に処した原判決はその量刑が甚だしく不当である。

1、被告人は名豊観光、松栄観光のみならず、名宝グループから名実ともに完全引退している。

一 被告人名宝グループ各社振出の手形を多数保管しており、その手形の中にはグループが決済すべき手形と架空修繕費等のため振り出され、手形が形を変え残ったものであり決済する必要のない手形が混合していた。本来であれば被告人は少なくとも架空修繕費分として振り出された手形分をグループ各社に返還すべきであったが、決済すべき手形と、する必要のない手形が混合していたこともあって返還していなかった。しかし名豊観光等により決済されるべき手形を被告人が所持することは、被告人が名宝グループ各社と関係することなので、被告人が保管していた手形は全て返還し、被告人と名豊観光、松栄観光との貸付金の形で処理した(弁五五号証)。被告人は手形という担保を失い、単に貸付金という形にして名宝グループとの関係を断絶したのであった。

二 被告人は名宝グループの資金的な面での断絶を徹底したが、さらにその断絶を強化するため、被告人は従前の居住場所であった名宝グループ本社事務所の隣から豊橋市内の東岩田三丁目のマンションに居を移転し、被告人の名宝グループでの影響力の排除を図った。

2、被告人は架空修繕費分等のため振り出され、その手形が形を変え残っていた約束手形、つまり名豊観光等が決済する必要のない手形を第一審判決後も清算することなくして保管し、またリベートとして受領していた金銭も名豊観光等に返還していなかった。右清算は当然なされるべきであったが、第一審の段階ではなされていなかったため、平成三年六月一〇日、被告人と名豊観光、松栄観光との間で約束手形が返還され、リベート等については、利息を付して金銭が返還され清算された(弁四七号証、弁四八号証)。

3、名豊観光、松栄観光は第一審判決に対し控訴せず、名豊観光には罰金五六〇〇万円、松栄観光には罰金六〇〇〇万円の罰金刑が確定している。名豊観光、松栄観光共に毎月の借入金の支払い、手形の決済のため資金繰りが苦しく、直ちに罰金の納付ができなかったため、また被告人の脱税の指示のため多額の罰金を両社に負担させてしまったという被告人の反省の一環として、被告人は両社に罰金相当分の現金の貸付を平成三年五月二〇日公正証書(弁六二号証)でなし、両社は翌日、検察庁の指定口座に罰金を納付し、全額納付した(弁六三号証)。この罰金の納付で、法人税法違反被告事件の主体である名豊観光、松栄観光は重加算税なども含めた対国家に対する清算は終了している。被告人は本件脱税により利益を受けていないが、両社に対し無利息で、名豊観光については平成五年から平成七年八月まで毎月末日限り二〇〇万円を二八回分割で、松栄観光については平成五年五月より平成七年一〇月まで毎月末日限り二〇〇万円を三〇回分割で返済してもらう約定で貸付している。被告人は合計一億一六〇〇万円もの多額な金額を担保なしで無利息で名豊観光、松栄観光に貸付している。法人税法違反で法人が罰金を判決確定後、直ちに納付する例はあまり多くないのに、被告人は反省の一環として一億一六〇〇円もの多額な個人の金を罰金の納付させるため貸付しているのに、原判決が被告人の第一審判決後の有利な情状として全く考慮していないのは、その量刑上甚だしく不当である。

4、被告人の長男藤野智洋は、自らのため、被告人のため、名豊観光、松栄観光のためを思い、太田裕厚、高橋康一に騙されていることを知らず、高橋康一に罪証湮滅工作を頼み、太田裕厚、高橋康一に対し名豊観光、松栄観光から出金し、総額で五億三九〇〇万円の支出をしている。被告人は高橋康一作成の預り証については知っていたが、藤野智洋の支出については全く知らなかった。この名豊観光、松栄観光の出金については被告人、藤野智洋の仮払い金として処理してあったことから、このまま放置しておけば両社の会計処理上困ることになることが明らかであったので、平成三年六月一〇日、同年六月一九日付の合意書(弁五四号証)で、名豊観光、松栄観光の右出金を被告人が保管していた名豊観光、松栄観光が決済すべき手形を返還する形で清算した。被告人は太田裕厚、高橋康一に対する合計で五億三九〇〇万円もの支払いを全く知らなかったが、本件脱税が自分が指示したことによって発生したこと、息子の藤野智洋が被告人が起訴されないようにと思ってなしたことと思い、反省の一環として将来返済される可能性が少ないのに、高橋康一分として額面合計一億三七〇〇万円の手形と現金五八〇〇〇万円、太田裕厚分として額面合計二億四二一二万円の手形と現金八八六円を両社に返還ないし支払った。被告人は自らが関与していない支払いについて反省の一環として合計三億八〇〇〇万円あまりの被告人が保管していた決済されるべき名豊観光、松栄観光の約束手形の返還をしている。原判決が右事実を第一審判決後の有利な情状として全く考慮していないのは甚だしく不当である。

5、被告人の財団法人東三河更生保護会の平成三年七月一一日の合計一〇〇万円の寄付のほかに、名豊観光、松栄観光、(有)宝伸実業、国際観光(株)、(有)松田商事が平成三年七月から一一月まで五回にわたり合計二五〇万円の寄付をし、また右五社が平成三年一二月、社会福祉法人に各一〇万円の寄付をなしている。本件法人税法違反被告事件は名豊観光、松栄観光だけが関係するが、実質的には名宝グループ全体の脱税事件である。その関係する会社が財団法人、社会福祉法人に毎月寄付をし、被告人の長男藤野智洋が社会福祉法人の理事に就任し、名宝グループないしその代表者が社会に貢献しようとしている。原判決は右事実を被告人と関係のない情状として考慮していないが、本件法人税法違反被告事件が名宝グループ全体の脱税事件と考えられることからすれば、当然右事実は被告人にとり有利な情状として評価されるべきである。

五、被告人は既に六二才という高齢であり、しかも頸椎症、第五腰椎分離すべり症の持病があり、なおも通院治療が必要な状態である。今、被告人が強制施設に収容されると、十分にその懲役に耐えられるか疑問のあるところである。被告人は今まで店舗拡大への異常とも思える熱意からさめ、名宝グループから引退し、余生を社会のために役立てようと考え、その考えを実行しつつあるものである。そのように考えている被告人に対し、二ケ月減刑したとはいえ一年八月の実刑判決を判示した原判決は、これまでに述べた情状からすればあまりにも被告人に酷であり、刑の量定が甚だしく不当であり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものである。

平成三年(う)第一二九号

控訴趣意の補充書

被告人 松田洋始こと 朴斗鎬

右の者に対する法人税法違反被告事件について、控訴趣意書に記載した控訴の趣意を左記のとおり補充する。

平成三年 月 日

右弁護人

右同

右同

右同

名古屋高等裁判所刑事二部 御中

一、控訴趣意書第一点で述べているように、リース保証金六七、七二〇、〇〇〇円をリース料と振り替えたことは被告人の指示によるものではないが、この点について補充する。

二、名宝リース株式会社は昭和六一年九月一日設立され、名宝グループ各社にスロットマシンをリースしていた。スロットマシンは名宝リース(株)は一台三八万円で購入し、リース料二万円、リース保証金一万円で三年リースとしていた。リース保証金を名宝リース(株)が名豊観光(株)等から受領していたのは、名宝リース(株)がスロットマシンの購入代金を約束手形で支払っているため、その決済ができなくなるのでリース保証金一万円を加え、合計三万円を名豊観光(株)等が名宝リース(株)に支払っていた。

三、名豊観光(株)は名宝リース(株)からリースしているスロットマシンを三年間使用することはなく、半年ないし一〇ケ月程度で新規のスロットマシンを名宝リース(株)から新たにリースしていた。名豊観光(株)は名宝リース(株)と関連会社であったことからリース契約書を作成していなく、リース契約の内容も不明であるが、通常リース契約をしていれば、リース期間満了前にリース物件を使用しなくなってもリース料を支払わなければならない。しかし名豊観光(株)は新規のスロットマシン分のリース料、リース保証金分しか名宝リース(株)に支払っておらず、返還されたリース物件についてはリース料等は支払われていなかった。

四、名宝リース(株)が名豊観光(株)に対し、リース契約をしており、その契約に基づきリース保証金を未払リース料として受領する旨の通知をしていたならば、名豊観光(株)がリース保証金をリース料として経費として計上することは脱税にはならなかったのだが、名豊観光(株)の所得額を少なくするため名豊観光(株)の決算上、一方的にリース保証金をリース料として処理したためと、リース契約書がそもそも存在しなかったので、名宝リース(株)が違約金をそもそも請求できるかが問題となり、脱税と国税局に認定されたものであった。名豊観光(株)がリース保証金をリース料として処理したことが脱税にあたるかどうか問題があるところである。

五、昭和六三年五月頃、倉知憲司が名宝リース(株)の欠損金が約六〇〇〇万円あったためリース保証金をリース料として支払ったことにして、名宝リース(株)の欠損金を補填しようと発案し、藤野智洋、藤野栄和と相談し、右処理がなされた。

しかし、国税により右処理が否認されたため、名宝リース(株)の昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの決算が六一、七〇九、一八五円(昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日の損益計算書の前期繰越損失部分参照)の損失となった。名豊観光(株)等は査察後は新台に入替えても従前のリース料を支払うことになったため、名宝リース(株)の平成元年九月一日から平成二年八月三一日までの決算は三二、六七六、一六三円(平成元年九月一日から平成二年八月三一日の損益計算書の当期利益部分参照)の利益がでることになった。

六、被告人は昭和六三年五月下旬頃、名豊観光(株)の最終的所得額を決定しているが、リース保証金をリース料として振り替えた事実は全く知らず、被告人が知っていた名豊観光(株)のその年度の所得金額は、既にリース保証金をリース料として経費計上された後の金額であり、被告人が全く関与していない段階で経費として計上された脱税についてまで被告人が責任を負う理由はない。

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